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東京エレキングスポーツ
東京エレキングスポーツ社
平成18年11月18日


社会人希望枠で洲崎貢一選手入団
エレキング球団の熱意はもとより、広能部長のゴリ押しにセコムどころか、警察まで呼ばれてしまった、球界のヨン様こと洲崎選手。はやくもレギュラーの声も聞かれる逸材だ。阪神に並々ならぬ敵愾心を燃やし、見事に洲崎選手強奪に成功した広能スカウト部長。阪神との新たな遺恨勃発か?ちなみに阪神の本拠地は西宮である。広能スカウトの勘違い甚だしい「代理戦争」の”的にかけ”られてしまったカタチの阪神・岩井編成部長。洲崎を「トラれた」関西球界の豪腕は虎視眈々とエレキングの首を取るべく来季に挑む。  18日午後、東京鷺宮の東京エレキング球団本社にて、洲崎貢一選手の入団発表がおこなわれた。会見には杢太郎GM、広能スカウト部長、そして洲崎選手本人が出席。今年の社会人ドラフトの目玉として春先から注目されていた洲崎選手は、かねてより阪神入団を希望。昨年末から阪神球団首脳陣と、洲崎選手が所属する鷺宮信金の為金監督が秘密裏に接触するなどの報道もあり、洲崎選手の阪神入団は既定路線とみられていた。ところが事態が急変したのは今年の1月。都市対抗野球で傷めた左ヒザの治療に専念との理由で、社会人選手としては唯一内定していたWBC代表を辞退(代替選手として現エレキングの本田選手が選出)。これに対し一部スポーツ紙が「阪神、洲崎撤退か?1位指名を投手に変更も」と報道したのをキッカケに、洲崎選手サイドと阪神球団との間に溝が生まれ始める。この状況に、俄然他球団も洲崎選手に関心を示し始め、阪神を筆頭に、楽天、横浜、ソフトバンク、エレキングが名乗りを挙げた。中でも熱心なラブコールを送ったのはエレキングだった。その潜在能力を無名だった高校時代から高く評価していた広能スカウト部長(当時、広島編成部長)が、毎日出勤前の洲崎選手宅に日参。毎朝6時に洲崎宅に到着すると、まずは朝刊を取りに表に出て来た洲崎選手に直接、朝刊を手渡し。その後1時間程、洲崎宅前と近所周辺を持参のホウキとチリトリで清掃。出勤時には玄関前で靴を揃えた上で、手作り弁当を渡すという涙ぐましいスカウト活動を演じた。結果的にこれが功を奏したのか、ドラフト直前に洲崎選手サイドは完全にエレキング入団に大きく傾いた。この日の会見に先立ち、広能スカウト部長は「この日が来るのを待ちわびとったんじゃ、ワシゃ。晴れて娑婆に出てきたようなもんよのぉ、この清清しさは。特に向こうサンは神戸(阪神?)じゃけ、広島の意地あるさけ、あんなモンらの風下に立つワケにはいかないん、でぇ!」とコメント。これに対し陣取った報道陣から「広島も獲得に乗り出していた?ということですか?」との質問が飛ぶと、「カバチぬかすなぁ〜、このバカタレがぁ(怒)!こっち(東京)に居っても、呉の看板背負って来とったら同じことじゃろがいッ!こりゃあ、あこ(神戸?阪神?)とワシら(東京?=広島?)の戦争じゃろがいっ!」と、どうやら阪神との獲得レースでの勝利宣言をアピールした。これを受けて洲崎選手は「ホント、負けました。朝、広能さんのおかげで、近所の人にパトカー呼ばれたり、新聞配達のバイトはびびっちゃうし、おまけに毎日「焼肉弁当」なんか食べられませんよぉ・・・。もう根負けです」と、若干やつれた表情ながらも、隣に座る広能スカウト部長とは対照的な、その白い歯同様の爽やかコメントで、入団の喜びを表した。球団としては、激戦区の内野陣にあらたなカンフル剤としての位置付けで、来季は暁人・山賢・加藤・本田・鵜飼に洲崎が加わる二遊間は戦国時代の様相を呈してきた。この中で生き残るのは誰か?来季の開幕に俄然注目が集まる。尚、背番号は本人の希望により「22」に決定した。